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とよはし 水と農の資料館サイト

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豊川用水通水前の農業

ため池から水を汲んでいる様子
 この地域の雨量は1年間で考えると少ないとはいえません。しかし様々な地理的条件により、水を有効に利用することが難しく、夏場に晴れの日が続くとたちまち水不足になっていました。農地に水を引くために、地下水を利用したり、ため池を建設したり、河川から水を引いたりしていました。また、一部の地域では地下水や雨水を利用した簡易な水道を作って、農地に水を引いていました。
 このような悪条件にもかかわらず、昭和35年前後には米を中心とした食料増産の農業から、野菜などの商品価値の高い作物を生産する農業へと転換を果たし、用水が通水する前に東海地方有数の農業地帯を形成するに至りました。
 先人たちは水に恵まれないという致命的な点を様々な努力で克服し、農業を発展させてきましたが、根本的に水が足りないということは変わらず、大規模用水の早期完成が熱望されていました。

【豊橋市天伯原の場合】


芋を植えている様子
 天伯原(現在の南部地域)は起伏に富む台地で、昭和20年の終戦までは陸軍の演習用地として使われていましたが、戦後の食糧増産や失業対策のための開拓地として多くの旧軍人によって農業が営まれました。当時、飲料水は地下水でまかなえたものの、農業用水はわずかな湧水とため池に頼るしかありませんでした。 当初はサツマイモや小麦などの栽培を始めましたが、強い酸性で栄養分も少ない不良土であるため、サツマイモは蔓が約1m伸びるのみで、10円硬貨大のサツマイモが1~2個できる程度でした。そこで豊橋市街のちり・ほこり・馬糞や炭酸カルシウムの投入などの土壌改良をした結果、作物は販売できるまでになりました。 しかし水不足は相変わらずで、用水を引いてもらうため毎年陳情が行われました。